By whenis , 20 4月, 2016

海淘(hǎi táo)

意味

「海」は海外、「淘」はたくさんある中からいいもの、或いは、自分が必要とするものをくみ出す意味。中国最大のショッピングサイト「淘宝」の「淘」もその意味である。「海淘」つまり、海外でものを買うことをいう。

「海淘」は主にインターネットを通じて海外のショッピングサイトで商品の情報を検索して、クレジットカードで決済する。また、EMSのような配送会社や配送代行会社を使って商品を送る。中国では、「海淘」をサポートするウェブサイトやアプリが近年、多く現れている。

これまで、「海淘」の関税の納め方や金額が不明確だったため、同じメーカーの商品でも中国国内よりも海外で買ったほうが送料を含めてもかなり安いこともあり、「海淘」する人が増え続けている。しかし、クロスボーダー電子商取引小売輸入税と荷物・郵便物輸入税が調整され、2016年4月8日から、税金が上がり、「海淘」商品の値段が高くなることが確実視されている。

使い方

By whenis , 19 4月, 2016

作者、白居易は日本でもよく知られた中唐の詩人。詩などの総数は約3800首と言われ唐代の詩人の中でも最多です。若い頃は、社会や政治を批判する作風でした。しかし、世界遺産でおなじみの廬山のふもと江州、現在の江西省九江市に左遷された後は、日常のささやかな喜びを詩にすることが多くなりました。この江州での役人のあと、中央に呼び戻されますがまもなく自ら地方の職を願い出て、杭州・蘇州に行きます。今回の詩は、その杭州でのものです。萋萋はあおあおとしたという意味。嫩樹は葉の柔らかい樹のこと。五馬は五頭立ての馬車のこと、身分が低いことを言っています。解りやすく、情景が思い浮かぶ作品は、晩年の白居易らしさがよく表れているように思います。閑そうな酔っ払いが羨ましいと言っていますが、小春日和の江南地方で目に映るものを次々と詩にできる才能こそ、羨ましいですよね。

By whenis , 18 4月, 2016

作者、白居易は中唐の詩人。白楽天の名前でも知られている日本でも有名な詩人ですね。今日の詩は、彼が江州、今の江西省九江市あたりに左遷されている時に作った88句の長い詩です。その最初の8句を紹介しました。潯陽江は長江のことで、このほとりで客を見送る時に作られました。「楓葉荻花秋瑟瑟」、たった七文字が秋の様子をいきいきと表しています。目に見える色づいた楓と白いススキに似た荻の花。瑟瑟は淋しく吹く風を形容する言葉で、秋風にぴったりです。酒を飲んで陽気に送り出そうとしても、音楽がないのでいま1つ盛り上がらない。「茫茫」は果てしなく広がるイメージですから、長江の川幅の広さを詩的に表現しています。すると、この水面から、つまり暗くて見えないけれど他の舟から琵琶を演奏する音が聞こえてきて、その素晴らしさに帰ることも出発することも忘れてしまう。この後、詩はこの琵琶を弾いている落ちぶれた長安の女の身の上話を紹介します。これに白居易は自分の左遷された身の上を重ねているのですが、こんな絵のような詩が作れるのも都の激務ではなく、地方の閑職だからこそかもしれません。

By whenis , 17 4月, 2016

作者、陳与義は北宋の詩人。河南省洛陽の人。北宋から南宋へ移る時代を生き、北宋の最後の都市に左遷され、金の軍が侵入する戦乱に巻き込まれました。北宋が陥落した後、南へと5年ほど放浪します。その後、南宋政権に招かれ役人になり初代皇帝の高宗を支えました。この詩は、金によって北宋が滅ばされてから10年後に作られたようです。タイトルの「牡丹」は、作者の故郷、洛陽の代名詞ともいえる花で、サブタイトルを着けるなら「牡丹~故郷の花を思う」と言ったところでしょうか。胡塵は異民族の兵馬がやってきた時に巻き起こる塵や埃ですが、ここでは金の軍のことです。伊洛は、伊水と洛水の2つの川のことでいずれも洛陽のあたりを流れています。ここでは洛陽の代名詞です。路漫漫は、その故郷洛陽への道がまだ時間がかかることを言っています。青墩は今いる浙江省の地名。竜鍾は、年老いたさまで自分のことを言っていますが、陳与義はこの時まだ45歳くらいです。東風は春風のこと。作者は春風の中に故郷の牡丹の花を思い出したようです。日本なら春風といえば「東風吹かば匂い起こせよ梅の花」となりますが、国が違えば春風に思う花も違うのですね。

By whenis , 16 4月, 2016

作者、白居易は中唐の詩人。詩などの総数は約3800首と言われ唐代の詩人の中でも最多なだけあって、季節の一場面を切り取ったような詩も多くあります。今回の詩は、王十八、つまり兄弟・従兄弟の順の十八番目 王全素という友達が、菊の花の季節に故郷に帰ることになった時、それまで過ごした時を懐かしんで、かつて遊んだ仙遊寺に思いを寄せて作った送別の詩です。タイトルの山に帰るの山は故郷のこと。太白峰は長安の都の南方20kmほどの山脈の主峰のひとつで、標高3767mと言いますからかなり高い山です。仙遊寺は長安の郊外のお寺。惆悵は残念に思い嘆く意味です。この詩を読んでいて、春の旅立ちには桜の花が似合うけど、秋の旅立ちには紅葉と菊の花が似合うなぁと思いました。

By whenis , 15 4月, 2016

重要的事情说三遍(zhòng yào de shì qíng shuō sān biàn)

「重要なことは3回言う」。

2015年の年度ネット流行語。出典はある不動産のラジオCMの「まっすぐ行って、まっすぐ行って、まっすぐ行って、重要なことは3回言う」というキャッチフレーズだった。このCMが各ラジオ局で放送されて、流行語になったという。その後、このCMのキャッチフレーズは「曲がらないで、曲がらないで、曲がらないで、重要なことは3回言う」に変わり、さらに広く使われるようになった。

「三」はそもそも中国人にとって「多い」意味になる。重要なことは覚えてもらうために、或いは忘れないようにたくさん繰り返すということであろう。

By whenis , 14 4月, 2016

神器(shén qì)

もともとの意味は日本語と同じ、神様を祭る時に使うもの、或いは神様から受け伝えた宝器。中国では、皇帝や政権の合法性を象徴するもの。また、剣のような兵器も神器とも言う。現在では、特別な機能を持って、よく効く道具の意味で、若い人の間で使われている。

例えば、自撮りの際、便利だったり、それがあればよりきれいに撮れる道具やアプリは「自拍神器」という。「上网神器」はインターネットの接続スピードを速くするソフトなどを指す。

抓狂(zhuā kuáng)

意味

そもそも閩南語で、あることで気が狂ったが、その気持ちが他人に言えない、或いは言っても理解してもらえない状態を指す。日本語で言うと、切れそうな状態やそれを理解してもらえない感じ。

この「抓狂」はもう1つ、くさくさする、気がふさぐ意味の言葉「郁闷(yù mèn)」と並んで、サラリーマンやOLが自分の仕事の状態を言う時によく使われる言葉になっている。

「抓狂」になる原因は主に、デッドライン、残業、やることが多く得ることが少ないこと、そして、周りの非常識な人の4つと関係があると言われている。

By whenis , 13 4月, 2016

你咋不上天呢(nǐ zǎ bú shàng tiān ne)

意味

ネットの流行語。

そもそも東北方言で、インターネットで広がった。直訳すれば、「なぜ空に上がらないの」になる。「そんなにすごいのなら、天に昇れば=神様になれば」と言った感じだが使う場合によって、ニュアンスが少しずつ異なる。

これは、色々と日本語に訳され、例えば「天国へどうぞ」、「天国へ行ったら」、「空へ飛んだら」、「お前はそんなにすごいなら、天国に行ったらどう」、「天国へ行ってらっしゃい」、「君、なぜ天国へ行かないの」、「馬鹿!何を考えているの」など。

日本語的には「いい加減にしろ」、「調子に乗るな」、「何を考えているの」と言ったものがのほうが近いだろう。

使い方

醉酒还劫机,你咋不上天呢?

By whenis , 12 4月, 2016

作者、李白は盛唐の詩人。日本でも大変、有名ですね。唐の文化の最盛期とも言える時代の人です。この詩「北風行」の行は行人、戦死して帰らぬ夫のことを描いた少し長い詩で、今回は一部を紹介しました。燕山は河北省の河北平野の北を囲むようにそびえる山々のこと。席という文字は、筵、ござのこと。雪の一片が大きいことを言っています。軒轅台は中華民族の始祖と言われる黄帝の衣冠を埋めた塚のこと、お墓のようなものです。幽州は今の河北省辺りにあった地名。この詩は、日も差さない地に北風が吹きつけ、残された妻が自分もさみしく辛いけれども、夫が戦のため守っている万里の長城のある辺りはもっとずっと厳しいのでしょうと言っています。舞い散る雪を見て、わくわく出来るのは平和だからこそ。白い雪がいつまでも楽しさを連れてくるものでありますように。

By whenis , 11 4月, 2016

作者、李白は盛唐の詩人。杜甫と並ぶ中国を代表する詩人で日本でもよく知られていますね。この時代の詩人、文人は役人だった人がほとんどですが、李白は違います。今日紹介した詩は、彼が40歳代前半に都長安に居た時に作られたものです。都にいたと言っても、官職についていた訳ではなく、いわゆる「宮廷詩人」としての身分でした。それでもやはり李白は、役人になりたかったのでしょう。この身分には満足はしていなかったようです。この時期の詩には「酒」を詠ったものが多く、飲み友達も多く飲中八仙などと呼ばれていました。灞水は、長安の東を流れる川の名前。終南山に源を発し北に流れ渭水に合流し、そして最後には黄河に合流します。この川は東に向かう人との別れの場だったと言います。紫闕は天子の住む宮殿のことで、ここでは都長安の宮殿を指しています。この詩は最後に断腸の思いでここに立つ。別れの歌を聞くに忍びないという言葉で締めくくられています。30歳代の頃に武漢で孟浩然を送った送別の詩に比べて、私には李白の心の動きがあまり伝わって来ません。年齢を経て別れに対する気持ちが落ち着いたのでしょうか、それとも宮廷詩人という立場が影響しているのでしょうか。