中日成語・ことわざ

中日成語・ことわざ

By whenis , 7 8月, 2017

意味

 「本」は重要な所、根本的なこと「末」は枝葉、枝葉末節、「倒置」は反対に置く、逆さまにする、ひっくり返すこと。

 物事の根本的なことと、そうでないこととを取り違えること。重要なことと重要でないことをとり違えること。注目するべきことを逃して、 どうでもいいことに気をつかってしまうこと。

 目指す所とは別の所が目立ってしまう、意図とは別の方向に行ってしまう場合も同じように用いられる事がある。

 本末転倒。

 使い方

 最可怕的努力是本末倒置式的拼命。

 最も恐れる努力は本末転倒の一生懸命だ。

 =本末転倒の一生懸命な努力は、無駄なので最も恐れるものだ。

 重营销轻用户是本末倒置的做法。

 マーケティングを重んじ、利用者を無視するやり方は本末転倒だ。

 精准扶贫不应本末倒置。

 細やかで的確な貧困対策は本末転倒のはずはない。

By whenis , 31 7月, 2017

意味

 〈諺〉上の梁が真直ぐでなければ、下の梁も曲がる。上に立つ者が不正を行えば、下の者もそれにならって悪いことをする。

 使い方

 为什么说上梁不正下梁歪?

 なぜ上の梁が真っ直ぐでなければ下の梁が曲がると言うのか。

 上梁不正下梁歪,成年人要时常检视自己的言行。

 上の梁が真っ直ぐでなければ下の梁が曲がるというので、大人は常に自分の言行を客観視しなければならない。

 上梁不正下梁歪,家长贪小利"指导"孩子逃票。

 上の梁が真っ直ぐでなければ下の梁が曲がる。保護者が目先の利益を欲張って、子供の不正乗車を指導する。子供に不正乗車させる

 跑官要官是上梁不正下梁歪。

 賄賂など不正手段で官職を図ることは上の梁が真っ直ぐでなければ下の梁が曲がるものだ。

 教授功利学生投机,上梁不正下梁歪。

 教授が設け主義なら学生は投機に走る。上の梁が真っ直ぐでなければ下の梁が曲がるそのものだ。

By whenis , 26 6月, 2017

意味

 字を見れば、大体意味が分かりますね。梅、つまり酸っぱいもの、梅を見て唾が出て、のどの渇きが癒されます。しかし、実際に梅を食べたわけではありません。これが転じて、希望が実現できそうにないので、架空の事態を想像することによって一時的に自らを慰める。つまり、空想するだけで満足することを指します。

 これは三国時代の曹操にちなんだ故事成語です。

 使い方

 公共停车位,何时不再是"望梅止渴"。

 公共駐車スペースはいつになったら空想での満足でなくなるだろう。

 =公共駐車スペースはいつになったら満足できるだろう。

 个税制度改革不能让公众望梅止渴。

 個人所得税の制度改革は大衆が空想で満足するものにしてはならない。

 =実際の成果が出なければならない。

 节日要加班,只能看看大家的朋友圈望梅止渴了。

 祝日に残業しなければならない。みんなのモーメンツを見て(自分があちこちに言った)と空想して満足するしかない。

 推进义务教育均衡发展岂能望梅止渴。

 義務教育の均衡の取れた発展の推進はどうして空想で満足できるのか。

 =空想で満足してはならない。

By whenis , 28 5月, 2017

意味

 直訳すると、義として振り返って顧みることなし、つまり、道義上振り返ってためらうことができない、道義上後へは引けない意味になります。

 出典は漢の時代の司馬相如(しば しょうじょ)の文章です。

使い方

为什么年轻人义无反顾地跑去北上广?

By whenis , 30 4月, 2017

意味

 人に窮屈な靴を履かせる。つまり、(仕返しのために)人に意地悪をする、嫌がらせをする、人を困らせる、いじめるなどの意味になります。

 由来

 古代の中国では小さい足の女性が美しいとされ、足を小さくするため纏足(てんそく)の習慣がありました。結婚する前、男性は女性の顔を見ることができないので、足の大小で女性の美しさを判断していました。花婿側は足の大きさを確認するために使った靴のサンプルで,靴を作り、結納品(ゆいのうひん)の1つとして花嫁側に送ります。足のサイズをごまかしていないことを証明するため、花嫁は結婚式の当日にこの靴を履くのがしきたりでした。花婿側はわざと小さめの靴を作り、花嫁を辱(はずかし)めるという風習があり、これを借りて意地悪な扱いを受けて困ることを喩えるようになったのです。

 使い方

By whenis , 4 4月, 2017

今年の新年のあいさつで、習近平国家主席が「不忘初心 继续前行(初心を忘れずに引き続き前進する)」と言ったことで、この「不忘初心」が流行るようになった。中国にはそもそも「不忘初心 方得始终」という言い方があり、「初心を忘れずにいれば、いい結果が得られる」という意味になる。

 日本語にも「不忘初心(初心忘れるべからず)」という言い方がある。つまり、何事でも、始めた頃の謙虚で真剣な気持ちを持ち続けていかねばならないという戒めだ。

 物事に慣れてくると、怠けたり、思い上がったりしてしまいがちになるのはよくある。はじめたときの気持ちや志を忘れてはいけない。日本では4月は

 年度や学期の始まりの時。今の気持ちを忘れずに。

By whenis , 13 3月, 2017

意味

 暗(ひそ)かに陳倉に渡る(陳倉は地名)。

 孫子の兵法三十六計の第八計で、偽装工作と奇襲をあわせる戦術のこと。

 由来

 紀元前206年、秦が滅んだ後、劉邦は項羽から、蜀の漢中(現陝西省)に封じられた。劉邦は、項羽の拠点である関中へ進める意図がないことを示すために、秦嶺山脈の褒河に沿った断崖絶壁にある桟道を焼き払ってしまった。

 劉邦の大臣となった武将韓信は、項羽が反乱を平定させるため各地を転戦するようになったのをチャンスとみて、敵にもわかるように桟道をわざと大人数で修理し、あわせて、密かに山脈を迂回し、古い道を利用して関中を奇襲するという作戦を提案し実行した。項羽側の将軍章邯は、長い桟道を修理しているはずの劉邦軍は、来るにしてもかなり先だろうと油断していたが、突然の攻撃に次々と城を破られた。その勢いのまま韓信は章邯軍のみならず他の項羽側の武将も滅ぼし、関中を占めて劉邦の天下統一、漢の建国のさきがけとなった。

 使い方

By whenis , 13 2月, 2017

ニワトリの毛やニンニクの皮。極めて軽いこと、重要ではないこと。つまり、たいしたことではない些細なこと、あるいはとるに足らないつまらないこと。

 由来

 昔、ニワトリの商売をする人とニンニクの商売をする人が隣り合って住んでいた。両方とも生活が苦しく、早起きしてそれぞれニワトリの毛を抜き、ニンニクの皮を剥いていた。和気あいあいと住んでいたが、2つの家族は風が吹くと、ニワトリの毛とニンニクの皮が舞って混ざってしまい喧嘩になる。

 ある日、喧嘩が激しくなって、裁判となった。裁判官がニワトリの毛とニンニクの皮に関する事件と聞いて、「こんな些細なことで裁判にかけるのか」と言って、二人をそれぞれ十回の打つ刑として、反省させた。後にこのことが広がり、些細なことや価値の小さなことを「鸡毛蒜皮」と言うようになった。

 使い方

By whenis , 27 1月, 2017

前漢時代の皇族、学者劉安にちなんだ故事成語。

 話によると、劉安は仙人になりたくて、仙人になれると言われる仙薬の処方をもらって自ら調合していた。仕上げた仙薬を服用すると、身体が宙に空に浮き上がった。それどころか、家で飼っていた鶏や犬も庭に置かれた仙薬をなめたため、天に昇ったという。

 後に、この言葉は一人が出世するとその親類縁者まで権勢を得ることのたとえとなった。 

By whenis , 26 1月, 2017

これも『晋書』からの出た故事成語。

 鶴が鶏の群れに立つ。鶴は高雅なもので、鶏は普通のもの。つまり、凡人の中に優れた人物が一人混じっているたとえ。

 三国時代の末期から晋にかけて、中国史上有名な「竹林の七賢」の一人、嵇康の息子・嵇紹由来の言葉。その中で、嵇紹のことを「多くの人がいる中で、嵇紹を見た。ひときわ高く抜きん出ており、まるで野生の鶴が鶏の群れの中にいるようだ」と書かれていた。嵇紹は晋の恵帝を命がけで守っていたので、。亡くなったなくなった後も恵帝によく思い出されたという。