「愚公、山を移す」は実話ではないが、中国では誰もが知っている説話だ。これは《列子》に記載されている。《列子》は紀元前四・五世紀に列御寇という哲学者が書いた本である。
この説話はつぎのようなもの。
むかし、愚公という老人がいて、歳は九十近くになる。彼の家の前には二つの、太行山と王屋山という二つの山がはだかっていたので、人々は、山の向うへ行くのに大きな不便を感じていた。
ある日、愚公は家族全員を集め、「あの二つの山はわが家の門をふさいでおるので、出かけるときはいつも遠回りをしなければならない。ならばみんなで力を合わせ、あの二つの山を他に移そうと思うのだが、みんなはどう思う?」と言い出した。
それを聞いた愚公の息子と孫たちは「その通りです。明日からやりましょう!」と同意してくれた。ところが、愚公の妻はこの二つの大きな山を移すのは無理だと思い、「もう私たちは長年このように暮らしてきたというのに、このままで生きていってもいいじゃないのかい?それに、あんな大きな二つの山少しづつ移せるとしても、その土や石をどこへと運べばいいのかい?」と反対した。この愚公の妻の言葉はみんなの議論を招き、確かにそれが問題だった。そこでみんなの意見がまとまり、山の土と石を海へ運ぶということになった。